真我を隔てる憧れ

人は色々なものに憧れます。
これは人のもつ性質の一つであり、特に他人に対する「憧れ」といったものに、
多く見て取ることが出来ます。
人並み外れた美貌や、超人的な能力と言った何かに憧れる思いがこれにあたります。
この憧れによって、人の気持ちを引き付ける力のある人をカリスマと言います。
これも先に挙げたように人に限りません、宗教に見られる神や仏と言ったものに対する強い信仰心も同様のものです。
この様に、人には、何かに憧れたり、すがったりといった、性質があるという事が理解できます。
しかしこの性質は、永い間、実相である真我と、仮の写し身である個我を分離する働きをしてきました。
本質から見れば、これまで必要にしてそうあったという事です。
宇宙意識そのものである本当の自分を、神や仏という形で自分自身から分離して、本来の自分「真我」を、日常の自分とはかけ離れた存在として自分の外に置き、物質的な次元で個我の意識が十分に成長するまで、その働きを眠らせていたのです。

仏教、特に釈迦が最も重要視した座禅(瞑想)の目的には、実相真我を生きる道があります。
仏教から派生した密教、如来という自己の本性を中心に世界を理解する構図にも、その真理を見る事が出来ます。
これは、自我煩悩の呪縛を解き、その内に目覚める道です。

一切を貫いた中心は「0=ゼロ」ですが、0=無、即ち、無我であり、この無我の意識には、個我を超えた本質、実相の意識があります。
これが真我です。
真我は、「梵」宇宙の原理と等体であり、一元太極「タオ」です。
これが存在の実体です。
これは知識ではなく感覚です。

この感覚に深く参入してゆく時、人は一切の迷い、縛りを離れて、本当の自由に目覚める事が出来ます。

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